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予科練記念館「雄翔館」

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  「若い血潮の予科練の〜」と、若鷲の歌で知られている土浦海軍航空隊(現陸上自衛隊武器学校)。終戦を迎える昭和20年まで、日本海軍少年航空兵養成の中核的施設でした。予科練卒業生は、全国で約24,000人で、18,564人が、太平洋戦争で戦死しました。

  昭和41年、予科練の碑「予科練二人象」が、昭和43年には予科練記念館「雄翔館」が予科練出身者により建てられました。記念館には、約1,700点の遺品がおさめられており、日本の昭和史を伝える貴重な記念館です。年間7万人余りが全国から訪れます。

予科練の碑


  「予科練の碑」は、国のため家族のために若い生命を捧げた予科練出身者たちの尊い心を、永遠に顕彰する目的で建立されたものです。

 予科練記念館/予科練の碑 予科練記念館/庭園

雄翔館


  「雄翔館」には戦没者の遺品、遺書などが保存されています。当時の若者がいかにして戦い何を考え、死んでいったのか、飾りのない記録は語っています。
  悲愴な予科練の足跡が世界平和の資となるために、永く維持されることを願うものです。

予科練記念館/「雄翔館」外観 予科練記念館/「雄翔館」内部

予科練の制度


  昭和5年、海軍飛行予科練習生制度が発足した当初は、高等小学校終了以上のもので、満14歳以上20歳末満で学力・体力ともに優秀な少年を飛行兵として採用し、きびしい教育訓練課程を経て海軍航空隊の中堅幹部に育てました。
  昭和12年、更に航空戦力の急速な拡充のため搭乗員の大量養成が必要となり、従来の少年航空兵を兵を乙種飛行予科練習生と称し、あらたに中学校(旧制)4学年1学期予期修了以上(後に3学年修了程度)の学力を有する志願者から採用する甲種飛行予科練習生制度を設け、合格者を短期間で養成しました。年齢は満15歳以上20歳未満でした。
   また、海軍内部の一般下士官兵の中から飛行科を志願し、選抜された者を丙種飛行予科練習生と呼びました。
  更に、昭和18年から乙種予科練志願者のうち一定資格のある者を乙種(特)飛行予科練習生と称して短期教育の上第一線に送り出しました。

予科練の活躍


 1937年(昭和12年)7月7日、日本と中国が戦闘状態に入りました。海軍航空隊は同年8月15日、九州の大村基地を発進、折からの暴風雨をついて東支那海を飛び越え、中国の首都である南京の軍事施設を爆撃した。当時、大編隊を組んで海を渡ることは世界航空史に例がなかった。この渡洋爆撃に予科練出身者も参加し、予科練(少年航空兵)の声価を高めました。

  1941年(昭和16年)12月8日、日本と連合国との間に戦争が始まりました。いわゆる太平洋戦争です。ハワイの真珠湾攻撃に成功した日本は、またたくまに太平洋の広範な地域を占領したが、1942年(昭和17年)6月のミッドウェー海戦で大損害を受け、さらに同年8月アメリカ軍のガダルカナル島への攻撃から連合国の反撃が開始された。アメリカ軍を中心とした連合国は、豊富な物量を投じ、しだいに日本軍を圧迫してきた。

  海軍航空隊は優勢な敵を阻止するために、必死必中の特別攻撃(特攻)で爆弾もろとも敵艦に体当たりをする作戦を敢行するにいたりました。しかし、敵の攻撃は息をもつかず、ついには日本の本土に接近してきた。もはや空からの守りだけでは祖国を救う方法はない。新しい特攻兵器が戦場に投入された。人間魚雷・回天・海竜・蛟竜、爆装モーターボート・震洋、人間爆弾・桜花、爆薬を抱えて敵艦に体当たりするフロッグマン・伏竜など、そのいずれもが若い予科練を中核とするものであり、空と海上と海中一体となって戦ったのです。

 1945年(昭和20年)8月15日、日本は降伏しました。国土は荒廃していた。焦土と化した都市、食うに糧なき国民、この混乱状態の中から生き残った者たちは、予科練魂を発揮して立ち上がりました。荒れ果てた国土を復興しよう、それが戦死した戦友たちに報いる道でもある、と決意したのです。

予科練の教育

○飛行予科練習生の教育内容

普通学

修身、国語、漢文、算術、代数、幾何、三角、物理、化学、地理、歴史、英語

軍事学

運用術、航海術、砲術、水雷術、通信術、航空術、機関術、,整備術、電測術

体 育

柔道、 剣道、水泳、銃剣術、相撲、体操,サッカー、バスケット、バレーボール、ラグビー

艦務実費

艦隊主力艦に分譲して艦船乗員の勤務を体験する
○飛行練習生教育内容

操 縦

陸上、水上

偵 察

 

地図:http://maps.google.co.jp/maps?ie=UTF8&oe=UTF-8&hl=ja&q=&om=1&z=17&ll=36.046774,140.221853&spn=0.005656,0.007628

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