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Ami
International Exchange Association
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11月15日(土)から21日(金)の日程で、中国友好都市柳州市ほかへ町親善訪問団を派遣しました。今回の親善訪問団は、これまでの10年間にわたる友好交流をさらに深めるとともに、中国の歴史・文化等に触れることを通して国際感覚を身に付け、国際人としての資質・教養を高めることを目的として派遣されました。町長を団長として町民訪問団21人(消防関係1人含む)、農業使節団5人(議会議長兼任)の総勢25人が参加しました。
柳州市には11月15日から3泊4日しました。実質的には2日間という短い期間でしたが、天候にも恵まれ、かつ柳州市のきめ細かい心温まる対応をいただき、予定通りの日程をこなして帰国することができました。また柳州市滞在の前後には広州・桂林・北京の旅を通して、中国の歴史と文化にも触れ、オリンピック後の街の状況も垣間見ることができました。
今回の親善訪問団の特徴は、初めての参加者が16人で7人の女性が参加したことにありました。そして農業交流、消防交流をそれぞれの目的に沿って深めることができました。
今回の親善訪問団のもう一つの大きな目的は、2002年に取り交わされた交流項目を踏まえ、今後の両市町の交流項目について意見交換することにありました。その結果、これまでに定着してきた『中高生ホームスティ交流』、『農業交流』、『文化交流』、『消防交流』等の交流内容の継続が確認されたことに加えて、新しい提案(医療分野の交流)も柳州市側から出され今後双方で検討を進めることとなりました。
今回の親善訪問の成果は、団員の感想文から、それぞれが、柳州市の皆さんとの交流を通して素晴らしい体験、感動を与えられたことがわかります。その一部を以下に掲載します。
熱烈歓迎していただいた鄭市長をはじめ多くの柳州市民に対して、訪問団員一同心から感謝の意を表したい。

▲柳州市婦人幼児病院前で
11月15日〜21日の日程で、川田町長を団長とする阿見町親善訪問団が、友好都市中国柳州市を訪問しました。
参加者のうち、7人の感想(要約)を紹介し、その内容をお知らせします。
団長 川田 弘二 町長
本年(2008年)11月15日からの1週間、超多忙の合間を縫って、阿見町の柳州市親善訪問団一行25人の団長として友好都市柳州市ほかを訪れ、感動的な交流の数々を体験してきた。
長年の習慣で、阿見町出発から帰着まで、かなり詳しい行動記録を残しているが、これをそのまま載せると冗長に過ぎるので、ある程度取捨選択して報告することにする。この後、14ページにわたる詳細な記録が、『阿見町中国友好都市訪問報告書』の中に記載されております。本報告書は、町図書館・各公民館・各ふれあいセンターの各所に備え付けてありますので、ぜひご覧になってください。
私と柳州市との交流は、来日した研修生を自宅に迎え入れ、共に農作業に汗を流した日々が原点であります。研修生たちの日本(阿見)農業を学ぼうという強い意欲、何事も素直に吸収しようという純粋さに感銘したものです。市長からの歓迎のあいさつでは、柳州市が積極的に取り組んでいる公害問題・家庭汚水、酸性雨や河川の汚染など重要問題等についてお聞きすることができました。問題を適切にとらえ、積極的に水質浄化対策を推進している市長の姿勢には大いに刺激を受けました。
柳州市と阿見町の代表者による公式会議では、柳州市側から、小学生を阿見町にホームスティさせたいという希望が出され、阿見町からは農業振興の観点から柳州の農業関係者を阿見の農家に派遣し、研修を兼ねて働く形についての話が出されるなど大変素晴らしい意見交換でした。
サブプライム問題から世界的な経済不況に陥っていますが、このような時にこそ最大の隣人である中国との交流をさらに深めていかなくてはならないと思います。(副団長)
▲意見交換会(龍潭公園民族餐庁にて)
阿見町の中国友好都市柳州市への農業使節団として、今回初めて中国を訪れて、前回参加された会員の人から、いろんな体験を聞かされ、かなり遅れた国と思っていましたが、実際に行ってみて中国の近代化のスピードの早さに驚きました。また国土の広さにも感動しました。今回の視察先は、共同で運営されている国内の人向けの観光農園でした。できれば、個人の農業者の生の声が聞けたらと思いました。今回参加できたことは、自分にとって貴重な体験でありました。(農業使節団)
農村における防火体制視察のため、三江県(侗族自治県)へ行ってきました。三江県は柳州市の北部に位置し柳州市内から県政府のある古宜鎮までは203Kmです。16日午前7時に消防隊予防処参謀の案内でホテルを出発し約4時間かけて到着。三江県までの車窓は古い中国の農村風景が広がりとても美しく、近代的な柳州市内とは対照的でした。(消防交流)
▲程陽橋 ▲県都 古宜鎮
柳州市が中国のどの位置にあるかも分からず、国際交流にもあまり関心がなく、友人に誘われ、以前から一度は中国にも行ってみたいと思っていたので良い機会と思い参加させていただきました。
結団式の緊張は日ごとに心が打ち解け本当に楽しい、そして感動の旅になり参加して心から良かったと思える最高の思い出となりました。柳州市の市を挙げての歓迎の数々に感動の連続でした。実際に交流を目の当たりにし、数々の視察での歓迎に感情が抑えきれず涙があふれたこともあり、子どもたちの精いっぱいの表現に心を打たれ、あまりにもたくさんの出会いふれあいを経験し、今こうして書いていても胸が熱くなった瞬間が思い出されます。 社会主義国家の文化の違いに考えさせられることも数多くありましたが、柳州市の未来に向けての構想に夢を持ってまい進している姿も力強く感じました。「百聞は一見に如かず」を経験しその現実に触れたことに参加してよかった。そして日本人でよかったとも・。異職種の仲間との交流もでき、輪も広がり阿見町の人がもっと好きになりました。今後は交流のお手伝いにできる限り協力していこうと思いました。(団員)
▲湾搪小学校で
今回初めて柳州市友好訪問団に参加しました。私自身初めての中国旅行なので言葉の問題、食事等に若干の不安はありましたが、中国柳州市の通訳ガイドさんが丁寧なので不安はなくなりました。
職業学校では全校生徒による歓迎の出迎えを受け国旗掲揚の後、あいさつがありました。高校生とのことでしたが、きびきびとした態度で行動していました。また言葉の話せない生徒も一緒に勉強しているとのこと。最初に料理教室を見学しましたが鮮やかな飾り料理が見事で、料理の試食もいただきましたがおいしかった。卒業した生徒は、市内のホテル、飲食店に就職しているそうです。小学校も訪問しました。小学校のマーチングバンドの出迎えがあり校内では、習って間もない日本語による歓迎の言葉や踊り、歌も披露してくれました。小学生たちのとてもかわいらしく、またきびきびとした態度には、感動しました。中国の学校訪問で感じたのは生徒の個人個人のやる気と先生たちの熱心さも同時に強く感じました。(団員)
▲創作料理(第1職業学校)
考えてもみなかった訪問団。迷いに迷っていましたが、せっかくの機会を与えて下さったと思い切って、お仲間に入れていただくことにしました。いよいよ当日を迎えました。まずは広州へ。車中にて1万円=660元を両替。皆そろって財布の中が同じというのも面白いお話しです。孫文記念館等を見学した後、国内線にて友好都市である柳州市へ。夜遅かったのにもかかわらず肖さんはじめ大勢の人のお出迎えを受け恐縮しました。『婦人幼児病院』では、至れり尽くせりの設備が整った立派な病院でした。生後50日だという赤ちゃんが、首に浮輪をつけて大きなプールでプカプカ上手に手足を動かしているではありませんか。脳の活性化にとても良いそうです。産後のケアも行き届いているようでした。そのせいでしょうか、皆さんとてもスリムでスッキリしている人ばかりです。私もここでお世話になれば、このお腹はもっとスッキリしたかもね!と大笑いしました。第一職業学校においては、全校生徒が規律正しく整列。吹奏楽部の合奏で大歓迎を受けたのは、大感激でした。胸にキュンときて目に汗をかきました。驚くこと、戸惑うことばかりいっぱいありましたが、「ニィハオー」、「シェイシェイ」、そして変な日本語も加わって、あとはジェスチャーで。国際交流は、もちろんのこと、同行した25人とも交流ができましたことは、私の人生にとって貴重な経験であり大きな収穫であったと喜んでおります。(団員)
▲婦人幼児病院にて
町民訪問団
川田弘二(団長)、大野孝志、中川庄一郎、長沼節治、湯原清和(消防)、吉田幹雄、糸賀威人、長沼正大、平山敏夫、結束充夫、結束久子、平山茂雄、内藤幸子、浅野久江、藤枝敏子、小林みさ子、日暮弘子、菅井啓子、渡辺清一、中西和紀農業
諏訪原実(副団長)、小泉由雄、篠ア栄、藤平優、斉藤正義